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第2章

  

  木先輩、待たせてしまって申し訳ない」

  六月十一日、日曜日。

  さすが体育会系というべきなのかどうなのか、午前十時五十五分、待ち合わせ時間のきっち

  り五分前に、待ち合わせ場所の、僕らの通う直江津高校正門前に、僕の一つ下の後輩、元バス

  ケットボール部のエース、神原駿河は勢いよく駆けてきて、勢い余ってジャンプ一番、僕の頭

  の上を軽く跳び越してから、着地し、振り向いて、右手を胸の前に、爽やかな笑顔と共にそう

  言った。……僕も、高校三年生としては、そりゃそんなに背の高い方ではないと自覚している

  のだけれど、自分よりもちっちゃい女の子に正面飛びで跳び越えられるような身長ではないは

  ずだと思っていたのだが、その認識はどうやらここで改めなければならないようだった。

  「いや、僕も今来たとこだよ。別に待ってない」

  「なんと……私の精神に余計な負荷をかけまいと、そんなみえみえの気遣いをされるとは、や

  はり阿良々木先輩は、気立てのよい方だな。生まれ持った度量が違う。三歩下がって見上げな

  い限り、私ごときには阿良々木先輩のその全貌がつかめそうもない。会って数秒でこうも私の

  心を打つとは、阿良々木先輩の器の大きさには本当に驚かされるばかりだ。一生分の尊敬を、

  私は阿良々木先輩のためだけに、どうやら費やさねばならないようだな。なんてことだろう、

  全く、お恨み申し上げるぞ」

  「………………」

  相変わらずだな、こいつは。

  そしてみえみえの気遣いって言うな。

  から

  たど

  あららぎ

  なおえつ

  かんばる するが

  さわ

  ふか

  ぜんぼう

  つい

  うら

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  さりげない優しさには気付かない振り、だろ。

  「今来たとこだってのは本当だよ。それに、たとえそうじゃなかったとしても、お前もまた待

  ち合わせの時間よりも先に来たんだから、僕に謝る必要なんかない」

  「いや、それは聞けんな。阿良々木先輩がなんと言おうと、阿良々木先輩より先にこの場にい

  られなかったというだけで、私が謝る理由としては十分だ。目上の人物の時間を無駄にすると

  いうのは、許されない罪悪だと私は思っている」

  「別に目上じゃないだろ」

  「年上の先輩なのだから目上であっている」

  「あってるけどさ……」

  それは、単に歳の問題だけなんだよなあ。

  あるいは身長とか(物理的に目上)。

  でもそれも軽く飛び越えられるくらいのものだし。

  神原駿河――直江津高校二年生。

  つい先月まで、バスケットボール部のエースとして、学校一の有名人、学校一のスターとし

  て名を馳せていた人物である。私立進学校の弱小運動部を入部一年目で全国区にまで導いたと

  あっては、本人の否応にかかわらず、そうならざるを得ないだろう。中途半端な落ちこぼれ三

  年生であるこの僕など、本来ならば口も利けない、どころか、それこそまさに影も踏めないよ

  うな存在だったはずの、恐るべき下級生だ。ついこの間、左腕に怪我をしたという理由で、

  キャプテンの座を後輩に譲り、バスケットボール部を早期引退――そのニュースがどれだけ衝

  撃的に学校中に響いたか、それは記憶に新しい。古びることさえ、ないだろう。

  神原の左腕には。

  今も、包帯がぐるぐるに巻かれている。

  「そう」

  と、神原は静かに言う。

  「私はこの通り、引退した身だ。バスケットボールしか取り柄のなかった私が、学校に対して

  貢献できることなど何もない。だから阿良々木先輩も、私をそのように扱ってもらいたい」

  「扱うってな……お前ってなんか、何事に対しても自信ありげな癖に、微妙に自己評価低いと

  ころがあるよな。そういうこと言うもんじゃないよ。お前がバスケットボール部に対してやっ

  てきたことは、ちょっと早めに引退したくらいで、ぱっと消えてなくなることでもないだろう

  に」

  早期引退したことを気に病んでいる――というわけでもないのだろうが、まあ実際、あんな

  ことがあって、そのままの自分でいうという方が、無茶な話か。けれど、僕としては、やっぱ

  あやま

  は みちび

  いやおう

  き

  ゆず

  ひび

  と え

  くせ

  ? ? ?

  ? ?

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  り神原には、そんな、自分を卑下するようなことを、言って欲しくはなかった。

  「ありがとう、阿良々木先輩。心遣い、痛み入るばかりだ。その気持ちだけは受け取ってお

  く」

  「言葉もきちんと受け取れ。じゃあ、まあ、行くか」

  「うん」

  言って、神原は素早く僕の左側に回り込み、実にナチュラルな動きで、僕の空いていた左手

  に、自分の右手を繋いだ。『手を繋いだ』というよりは、『指を絡めた』という感じだった。

  五指がそれぞれに、もつれあっている。そしてそのまま、僕の腕に自分の身体をぎゅっと、ま

  るで抱きつくかのように、隙間なく密着させてくる。身長差の問題で、丁度僕の肘辺りに神原

  の胸が来て、神経が集中したその敏感な部位に、マッシュポテトのような感触が伝わってく

  る。

  「いや、阿良々木先輩。それを言うならマシュマロのような感覚だろう」

  「え!? 僕、今の馬鹿みたいなモノローグ、声に出していたのか!?」

  「ああ、そうじゃないそうじゃない。安心してくれ、テレパシーで伝わってきただけだ」

  「そっちの方がより問題じゃねえか! この辺りのご近所さん、全員に聞かれているってこと

  になるぞ!」

  「ふふふ。まあ見せつけてやればいいではないか。私も最早、スキャンダルを気にする身では

  なくなったわけだしな」

  「にこにこ笑顔で僕と付き合っている奴っぽいこと言ってんじゃねえよこの後輩! 僕が付き

  合っている相手はお前じゃなくて、お前の尊敬する先輩だろうが!」

  戦場ヶ原ひたぎ。

  僕のクラスメイト。

  にして、僕の彼女。

  にして――神原駿河の、慕う先輩である。

  学校一の有名人、学校一のスターと、今も昔も何の取り柄もない平凡な学生との間を繋いだ

  のは、彼女、戦場ヶ原の存在である。神原と戦場ヶ原は中学生の頃から先輩後輩の間柄で、ま

  あ途中、色々あり、色々あって、色々あったのだけれど、今現在も、神原戦場ヶ原のヴァルハ

  ラコンビとして、仲良くやっている。神原は『尊敬する先輩の付き合っている相手』として、

  僕を一時期、ストーキングしていたことがあるのだ。

  「大体、お前は元々、スキャンダルなんて気にしてなかっただろうが。ええい、離れろ」

  「嫌だ。デートのときは手を繋ぐものだと、ものの本には書いてあったぞ」

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