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第80章

  

  は、こいつ、下着姿で暴れてたんだからなあ……それに比

  べれば、いくらかマシってものか。どこまで記憶が戻ったところで、その記憶だけは、羽川の

  脳内から永遠に削除されておくべきだろう。

  「……えーっと、猫、僕が今から言う文章を復唱しろ。斜め七十七度の並びで泣く泣くいなな

  くナナハン七台難なく並べて長眺め」

  「にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはん

  にゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ」

  「かぁーわぁーいーいー!」

  猫言語に萌えることで、縄跳びに代えた。

  とうかい

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  我ながら天才的な機転である。

  じゃなくて。

  「何をしに来たって、訊こうとしたんだ」

  「何をしに来たとは、ご挨拶だにゃ」

  ブラック羽川は茶化すような口調で言う。

  「そりゃもう、人間を手伝ってやろうと思って、来たに決まってるにゃん」

  「手伝い――に?」

  「誤解するにゃよ、人間――俺はもう、お前と戦おうという気はにゃいんにゃ。さっきもそう

  言ったはずにゃよ?」

  「さっき……?」

  ああ……午前中のことか。

  半日近く前のことを、さっきと言うか。さすが怪異、時間の把握が……いや、この場合、猫

  の知能が時間観念を把握できていないだけと見るべきかもしれない。

  それに。

  「言ってた……か?」

  「あー、言ってにゃかったかもしれんにゃ。まあどっちでもいいにゃん。今、言ったんだか

  ら。今回の俺は暴れようというつもりはにゃい――そういうテンションじゃにゃいからにゃ」

  「………………」

  信用して……いいのか?

  前回のことを考えれば、信用などできるわけがないが……しかし、それは普通に考えればと

  いう話であって、この猫を相手にするときは、深読みする方が馬鹿を見る。

  つもりがないというなら――つもりはないのか。

  そして――

  手伝いに来たというのなら、こいつは、本当に手伝いに来たのだ。

  「けれど――なんでだ。お前は、羽川のストレス……みたいなもんなんだろう? 羽川のスト

  レスを解消するために現れた、羽川の第二の人格――」

  それが――悪夢の発端だった。

  両親を襲い、町行く無辜の人々を襲い――とにかくこの猫は、暴れまくった。傍若無人もは

  なはだしかった。被害という意味でいうなら、それは春休みの地獄に及ぶべくもないが――そ

  の恐ろしさで言うならば、障り猫は吸血鬼をすら、凌駕していたかもしれない。衝動を持て余

  した思春期の子供が夜中に学校に忍び込んでガラスを割るくらいの勢いで、無差別に人々を

  襲っていたのだ――とんでもないストレス解消法である。

  ほったん

  むこ

  りょうが

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  「だから誤解するにゃよ――俺はこれでも、お前には感謝してるんにゃ。普通にやってりゃ、

  一年はかかったであろう、ご主人のストレス解消を、ただの九日間で終わらしてくれたんだか

  らにゃ――」

  ああ……、

  そういう見方も、できるわけか。

  そうだ、障り猫の方から見れば――こいつは、羽川のストレスが発散できれば、それでよ

  かったわけで――それがどんな短絡的な手段であろうと、あるいは、効率のよい手段であろう

  と――関係はないのだ。

  怪異はどこまでも――合理主義。

  「そっか……お前にとっても、忍がさっさと見つかってくれた方が、都合がいいってことなん

  だな。僕とお前で、利害は一致している――と」

  「そういうことだにゃん」

  「……よし」

  僕は頷いた。

  疑問が残らないわけではないが、迷っている暇はない。

  「そういうことなら、お前の手を借りよう」

  「にゃはは。これが本当の、猫の手も借りたい状況って奴だにゃ!?」

  「…………!」

  僕の羽川は、そんなくだらないギャグで得意満面になったりはしない……。

  でもこれが羽川の裏人格なんだよ。

  なんだか凹むなあ。

  「手っつーか、嗅覚と聴覚な。お前は一度バトってんだ、あいつの匂いや声は、わかるはずだ

  ろう。それを追ってくれればいい」

  「ふーむ。わかったにゃ」

  「じゃ、適当に走らすから、何か気付いたら、教えろよ――」

  僕は自転車に跨り直した。

  後部座席に、ブラック羽川。

  このときの僕に、よこしまな気持ちが一切なかったかというと、それは嘘になるかもしれな

  い。というか嘘だ。午前中、羽川と二人乗りをしたときのふくよかな感触は、まだ記憶に新し

  かった。ただし、そんな下世話な思惑には、これ以上ない天罰が覿面にくだることになる。

  「ぐあっ……!」

  反射的に、僕は自転車から転がり落ちた。その勢いで、自転車も音を立てて倒れる。ただ一

  ? ? ? ? ? ? ?

  てきめん

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  人、否、一匹、ブラック羽川だけが、器用にぴょんと飛び跳ねて、空中で回転し、華麗に着地

  した。

  さすが猫だ。

  が、感心している場合ではない。

  「ん? どうしたにゃ? 人間」

  「……あ、ぐあ……あ」

  障り猫は、触り猫。

  その化け猫の際立った特徴は、今風に横文字で言うなら、そう、エナジードレインである。

  その意味では一般的な化け猫よりも、夢魔や色魔、呪霊に近い。色ボケ猫――である。人をや

  つれさせる怪異――その怪異に触れられた人間は――体力も精力も、根こそぎ吸収される。死

  に至るというほどの例はないが――ゴールデンウィークには、少なからず、入院者も出たくら

  いだった。

  二名の入院者。

  羽川の、両親。

  まあ――三日くらいで退院できたらしいけれど。

  僕はそんな怪異に、後部座席から思い切り抱きつかれたのだった……一瞬だったから、それ

  に、ある程度の抵抗は無視できるとは言え、ゴールデンウィークとは違ってブラック羽川は、

  パジャマではあるが、きちんと服を着ていたから――瞬間で精根吸い絞られるとまでは行かな

  かったが、しかし、こちらもこちらで、薄着だったからな……とんでもないダメージを受け

  た。折角回復したはずの体力が、あっという間に消失してしまった。

  エナジードレイン。

  しかし敢えて一言わせてもらう。

  倒れて悔いなしと!

  「………………………」

  あんまりこういうことばっかり言ってると、

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